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【書評】やっと源氏物語を理解できる「性のタブーのない日本」橋本治


鈴木無花果(@papa_s)です。

してますか、セクハラ。僕はしてないですってば。

さて「男にとってはサシ飲みOK=セックスOK」なんて話がツイッターではよく見られますが、まぁそれはどうやら間違いであるとして、しかし実際のところ性交渉へのお誘いっていうのは難しい。

直接的に言うのも野暮ったいし、あんまり遠回しだと実は合意がされてなかったり。

というわけで「目が合う=セックス」なんていうあおりが気になったこちら。

「性のタブーのない日本」橋本治 集英社新書

 

姿を見たらセックスしていい、という謎のルール@平安時代

平安時代、貴族の女性たちはお家の奥の方にいて、隠れているものでした。

というわけでその部屋に夜中に入る=セックスでした(???)

いやま、そういうシステムだった、っていうだけの話で、お世話役の女房さんに頼んで口説いてもらったり、歌の練習が必要だったりします。あとそもそも身分がそぐわないといけなかったり。

手順を踏んで一線を越える。という意味では、現代の恋愛とそう変わらないことをやってるんじゃないかな、とは思います。

歌や身分(アプローチ) → 部屋に入る(一線) → 性交渉

見た目や性格(アプローチ) → 良い感じになる(一線) → 性交渉

むしろ「良い感じになる」とかいうわけわからん基準がないので、古代の方がわかりやすいような気すらしてきます。

やっと源氏物語が理解できる

僕なんかは国語の古文が苦手だったんですが、このシステムが分かると、昔の人たちが一気に身近なところまでおりてきてくれます。

古文は色恋のことばっか書いてある、っていうのは公然の事実ですが、明らかにセックスしてる場面を「会う」とか「見る」って表現することに違和感があったんですよ。なにをお上品にしとるんじゃいと。

でもそれは完全に勘違いで、昔の人にとっては会う=セックスだったわけで、むしろめちゃくちゃ直接的に表現してたことになるわけです。見直した!

それ以外の歴史についても、明らかに下半身事情が歴史を動かしてるのに、それをぼかされたらつまんないですよね。

この本読んでから古典の勉強がしたかったですわ・・・。

ストレートな性表現は日本でこそ許される

じゃあ話を一番最初に戻して、現代的な「オッケー」のサインはなんでしょうか

これは単純に言葉での相互確認に尽きます。

しませんか?しましょう。という。こいつドヤ顔で何を?

じゃあこれがなぜ行われないかというと、えっちな話をすることが恥ずかしい、からなわけです。

というわけでまた鈴木がいつもする話になるんですが、性の話をしても恥ずかしくない状況を作るべき、ということです。

日本の伝統宗教の上では、セックスはタブーじゃありません。逆に言えば、セックスを遠ざけることもタブーじゃありません。

もっと性表現を身近にすることで、細かいニュアンスも伝えられるんじゃないかな、と思うわけです。あなたとじっくりしゃべりたいんだけど別にセックスしたいわけじゃないです、なんていう。

もちろん、直接的な表現は美しくないので、そこは皆さん工夫してください。月がどうの、とかで全然かまいませんので。

こちらからは以上です。